昭和44年8月1日 月例祭
お話をさしていただきます前に、皆さんに、お願いをさして頂くことを先にいたしましょう。
えー、この八月の、三日は親教会の夏の祈願祭でございます。どうぞ、しっかり気合を入れて、皆さん、ご参拝を頂きますように、いつものように、えー、久保山さんところで、皆さん集まられて、そして、えー、お祭り、只今、手元にお配りいたしました、それご案内でございますから、それをご覧になってどうぞ、ご参拝を頂きますように、お願いいたします。
八月の月は、昔から、祈願の月と言われております。えー、この八日で、土用修行というですか、夏の夏季修行の五十日間の修行を終わらせて頂く、もう日々、うなぎのぼりに、えー、修行なさる方達の数も増えていき、熱烈な信心、御祈念の修行が、まあ、お広前で日々行われております。
あの、勢いを持って、ひとつ、いよいよこの八月の二十日に行われます、ここの夏季祈願祭に、大みかげを蒙りたいと、まあ、思うたのでございます。
ですから、その夏季祈願の、五十日間の、心行を終わらせて頂いて、それから十五日あまりの間がございますから、その間を、一つ、祈りこみのおかげね、一生懸命に御祈念をし、いや修行させて頂いた、いうならば、清々しいまでの心で、願わしていただくことは、どういうことぞ、ね、五十日前に思ううとった願いと、五十日後に思うておる願いは、おそらく段々変わってくるんだと私は思うのです。
いわば、それだけ心が向上し、それだけ修行によってお互いの心が清められた。
ね、その清められたところから、おのずと出てくる祈りというのはどのような祈りで、これはそれぞれの心の中から出てくるものですから、ね、けれども、確かに、五十日前の願いとは段々、その様相と言うものが違うのではないかと、思うのででございます。
ね、不思議にです、自分の心の中に、清まるというか、わだかまりが解けるというか、ね、心配がなくなるというか、そういたしますとですね、もう思うことがちごうてくるんです。
ね、まあ、いうならば、我情我欲のこと一杯を、願っておったものがです、ね、いわゆる同じ祈願祭であっておってもです、その祈願祭の内容というものが、変えられてくる。
そこのところのね、願いこみというものを、この八月四日の修行を終わったら、そこのところの祈りこみをお互いに、しっかりさせて頂こうじゃないかと、まあ、思うのでございますが、皆さん、どうしようか、そのように自分の修行によって、何かこう、得られたもの、ね、そこから、神様のお喜びいただけるのに近い、願い、ね、まだこれでよいと思われませんけども、ね。
えー、あの、夏季修行のポスターの下に、小さい字で、委員長名であそこに、小さく書いて、皆さんお読みになっただろうと思うです。
八月二十日の祈願祭にはどうでも、この心行期間の五十日間の勢いをそのまま、御大祭に持ち込んで行きたいと、皆さんもどうぞよろしゆう、というように書いてございます。
ね、ですから、その勢いをもちろん持ち込むのですけれども、そのいわゆる大祈願祭と銘打ってあります御大祭でございますから、ね、もう祈願は祈願であっても、その祈願が違う、その祈願の第一と言うのは、神願成就のことが第一だと、あそこのもうたってあります。
神願成就、ね、神様の願いが成就する、ね、そこで神様の願いが成就するということは、んー、どういうようなことであるかと、どうぞ神様、神願成就、神願成就、神願成就というて拝んだってですよね、神願とはどういうことか分からんなりに、いくら唱えたちゃ、何にもなりませんもんね。
そりゃもう、最高の願いであってもです、私の願いは、私の願いは、私の願いを聞いてくださいと、そう、私の願いというものは、はっきりとわかっとる、金持ちに成らして下さい、健康に成らして下さいと、けども、神願成就、神願成就ということは、大体神様はどういうことを願ってござるのやら、わからんで神願成就、神願成就ばっかり言ったて、でけんですから、ね、神願成就とはどういうことであろうか、どうぞ氏子信心しておかげを受けてくれよ、と仰るが、ね、まあ、そういうところが、神の願いらしい。
どうぞ、信心しておかげを受けてくれよ、ということなんです。
ね、ですから、その、おかげを受けてくれよの前に信心して、というのがありますから、ね、いわゆる信心して、ということが神の願いなのである、しかもそれが、より本当の信心を、真の信心を、最近ここ二、三日のご理解を頂いておりますと、大きゅうなれ、大きゅうなれと、ね、大きゅうならしていただかにゃと、いうようなご理解を、まあ、頂いておりますけれども、これは、私は思うですね、どんなに美しかっても、小さかったちゃ、だめです。
やっぱ、美しゅうて、大きゅうならにゃいかん。ね、私は、ある時、ある教会にお参りさせて頂いた。もう五十年にもたった教会ですから、非常に御比例がたっておる教会であろうとおもうとったら、あー、非常に教会もまあ、お粗末ですし、お参りもあんまりありよるふうっじゃない、たまたま私の前に、おばあさんがお届けしよんなさいました。
ちょうど、こういう夏の、祈願の時期だったんです。ですからその、大祭から、夏の祈願祭が行われるます、今お配りしましたようなものを、その、おばあさんに渡されて、ね、何月何日は御大祭じゃから、えー、まあ、近所誘い合って、参ってくださいよ、と言うて、まあ、にこやかに、先生が、そのおばあさんに渡された。
ところが、そのおばあさんが言いよんなさる、「あらー、先生、その日はあーた、私はお寺参りになっとりますもん」ち言いよんなさる。そしたらその先生が、ふん、と言うちから、向こう向かっしゃった。
おばあさんな、もう、どーいうようすもなかごたふうで、えー、まあ、お寺の済んだなら、先生あの、お参りするとだけは、お参りしますけんで、ち言うたばってん、もう返事もなさらなかった。
いわゆる取り付く島がない、ちいうのはこういうことであろうかと、こう思うた。その先生は私はよく存じていますけども、とてもやさしいくて、心が美しくて、えー、いい先生です。
けれども心がこんなに小さい先生なんですね。
もうそのおばあさんが、夏の大祭に案内言われたところが、その、お寺参り、なんか、こう・・・?あるらしい、それ参ったら、もう、始めはにこやかにしてから、何月何日は御大祭じゃけん、どうぞ近所ん人誘い合わせて参ってください、ち言いござったところが、そりがあーた、先生、その日は私はお寺参りでございます、いわっしゃたら、それこそ顔色が変わると同時に、ふん、と言うたきり、向こうをむかっしゃった。
それから、いや、参るとは参りますよ、済んでから、四時か五時ごろから参りますよ、いわれて、もう、それん対しては、もう返事もされなかった。
いわゆる、心は美しいけれど、心が小まい。心が小まいから、五十年も経っておるのに、おかげはこんなに小さいんだな、と私は思うた。
それでその美しいから、おかげだけはずーっと受けておられるけども、受けておるおかげが、小さいおかげがただ続いておるだけなんだ。
私、それを後ろから聞かせて頂いとって、はっはー、この先生は惜しいな、こんなに良いものを、こんなに美しいものを、こんなにも信心修行にも打ち込んでおられるのに、その、神様、おかげを下さろうたかろうけれど、この小さい心には、いわば下さりよるおかげが、全部漏れておるのであろうと、私は思うたことがあった。
それから、私は、私の参りました用件をして、また、こう下がりました。
南のほうが小さい庭になっております。ね、そこには、向こうに、塀の向こうは、よそのお屋敷になっておりました。向こうの方には、もう、うっそうとするほどの、大きな柿木がしこっておりました。
私はそこのお縁に佇んでから、そのことを思わせていただいておった。はー、とにかく美しいと、限りなく美しくなろうと言うけれど、美くしゆうなると同時に、大きゅう、豊かにならなければ、おかげは大きく豊かにはならないのだということ、ね、たとえばそのおばあさんが、ね、もう、長年して信心が分かっておられるおばあさんならば、ちょいと、おばあさん、その日お寺のなんじゃろうばってん、日頃の信心のどうやったの、というて、教えてあげればすぐ分かるおばあさんなら、教えてもやらにゃあるまい、けれどもそこまで分かっておられんのならば、あ、そうね、そりゃ、残念だったね、と、そんならお寺さんが済んだら、また皆で参っておいでと、ね、信心が分からん者を怒ったて仕方がない、言うて聞かせても分からん者に、言うて聞かせても仕方がない。
そりゃ残念だったね、と、まあ、一つ私ならば言わにゃ、あげん時、言わせて頂かにゃ、ならんなと、思う。
分かっておるのなら、それは、ふんでんよか、向こう向いてもかまわん、ね、そしてこっちが妙な顔するとき、あんた、ねーごつ言いよるの、ち、私なら言うでしょうね。
日頃の信心はどこへ持っていったかと、お寺参りも良かろうばってん、その日のお寺参りは断りなさい、ち、私は言うでしょう。
ね、思えば、信心が段々、それくらいなことなら分かっておる信者であるならばです。
ね、下がってから、はあ、いいなここは、こうして大きな、隣の屋敷からじゃ、あるけれども柿ノ木のかげで、もう家も、家のここを、その庭が涼しい、そしたらね、神様がそこのところを、そこの情景を見ながら私に御理解くださるんです。
ね、ここの先生はね、ここの先生は、ね、夏暑いときに、こういう日陰がさして、結構でございますとうときにはもう、当たり前のごと思うておる。そして木の葉があのように散ろうが、と。今日のように、たとえば風が吹くと、柿の葉やら散ります。枯れた葉が散りますよ、散るともう隣に、裏ん柿ノ木のあるもんじゃけん、もう、うちん庭はもうざまなか、ち、枝ば、いっちょ、切っちもらわにゃならん、もういつも、そこのその邪魔になるこつやら、木の葉が散ることだけを見ておる。
心が小さい、ね、おかげでね、とにかく、夏のあの日陰で、庭も涼しいし、家も涼しいし、そのおかげで、まるっきり自分方の庭の続きのように、見えて、ほんとに有り難い、隣の人にお礼を言うごたあるというようなです、気持ちを、そこだけを見ていくことが信心なんです。
そういう稽古をすることが信心、それにそこの先生は、日陰になることはいっちょん喜ばんで、散らかることとばっかりに、目に付くし、それは、心が小まいから、ね、そういうご理解を、そこで私が頂くんですよ。
ね、心が小もうては、大きい、どんなに、おかげを願っても、これはおかげになりませんよ。
ね、そこで様々なときにです、自分の心の小まいことに、気付かせて頂いたら、たったこの位なことで自分の憂鬱になっておる、自分なこの位なことで、腹が立っておる、ね、そこで私は今日、思うのに、みなさんがです、ね、大石の石井喜代司さんじゃないですけども、ね、不平を言うたり、ね、不足を思うたらそんするんですから、ほんとに、こりゃもう、いわば、もう絶対間違いのない、真理です。
ね、だから、もう、これは、欲と二人でんかまわんけん、腹かかんぞ、ちいう気にならにゃいかんです。
ね、もうそこんところを、ちゃんと、喜代司さんたちは自分で心得とるです。
だからほんなこと、もう、もう腹かかんほうが、馬鹿んごとあったちゃ、心ん中では、ニヤニヤ笑うとる。
で、今朝から、あの人の信心を、まあ、一種の変態だ、と私が言うた。
ね、叩かれたり、つねられたりしてから、にこにこ笑うとるとがおる。
あれは変態、だから、私共はつねられれば痛いのです、叩かれれば痛いのです、ね、ところが喜代司さんはですね、そこんところをもう、痛かったちゃ、もう、しれしれ笑とるです。ニヤニヤ笑とるです。そのようにこの人の信心は違うです。
だからこの人の真似しよるもんな、ほんな、いつもすってんころりんに失敗しますね。
だ、この人はこれでおかげ頂くです。そういうものを持っているから、自分が。
私はそん時の、そのことを、今日、さして頂きよりましたらです、もう、あの、私の耳にぱちっと聞こえるぐらいにですね、あの、こう風船が、ぶっと上がりよった、ね、風船がこう、糸付けとくと上がるでしょうが、それがね、私の・・・?のにく、肉眼、この耳にはっきり聞こえるくらいに、ぱちというて、その風船がはじいた音を聞いたんです。
瞬間、ははー、これは、私は、こう、はずしちゃならんな、と思うたんです。はずしたら、向こうのほうへ、パッと上がっていって、もうそれこそお月様んにきで、ぱんといくかん分からん、もう、こうなったらおしまいだから、はじいても、かまわん、こっちだけ握ってさえおきゃ、またそこから、おかげ頂こうから、私は、こう思う。
信心のだから、それだけでは、いけんのだ。
ね、だからそういう流儀を一つ体得してです、とても参らんでも、拝まんでもおかげの頂けるという、確かにおかげ頂けれるです。ね、それこを風船玉のように上がっていくことはでけるけれどもです、何かの機会のこれがはじいたら、もうそのままお終いです。そこで、私はこれでも握っていかにゃいかんな、祈りをはずしちゃいかけんなと、私は、まあ、今日は思うたですよ。
もうほんとにね、その風船玉のはじく音を、確かに聞いたです、私は。
ね、だからそういうことは特殊な人の事でございますからです、もう、私共はね、けどもそこのところを、もう合楽の信心を頂く人達は、もう私どもの、信心の姿勢にしとかなければならない、ここまでは、育たなければならない、喜びで開けて道だから、喜びでは、苦労はさせんということは、もう分かりきっておるし、そこからの信心じゃなければいけない。
ね、そこで私が只今申しますようにです、ね、人間関係の場合であってもです、もうあれがあれがと、たとえば姑と姑女のことなんかの場合なんかにいつも、もうばばさんの悪かとこばっかりじゃいかん。嫁ごの悪かとこばっかりじゃいかん。
悪かとこと、悪かとこばっかりじゃけん、良かろうはずがない。
ね、それは先ほど、私が申しましたようにです、もう木の葉の散らかっておるところやら、ね、風の吹いたときに、ぞうぞう、音のしたりすることや、ね、そういうことばっかりに、目をつけておる。そしてこういう暑い時に、日陰をさすことが、とてもおかげでと、いうところはひとつも、見らない。
ね、そういうような、あー良いところをです、本気で見せていただく心が、和賀心で見せていただくことになってまいりますとね、もう全然問題にならなくなってくるですね。
私はあの、真に有り難いという心と言うことを申しますがね、あの真に有り難い心などというのはです、もう真に有り難い、もうなーんにもなくなるですよ。
言うこともなくなる、思うこともなくなる、もう極端に言うと、欲しいものまでなくなるです。それが真に有り難いです。
ん、私は、今日、善導寺の親教会で、お説教を聞かせて頂きながらね、あの、とばに今日、今日の御理解の、解説になっておりますように、えー、久留米の婦人総代でありますところの、方のお話を、親先生のお説教の中でいただかしてもろうた。
始めて、始めの間は久ほどにも、もう感心を、まあ、そんくらいな御用は誰でもん出来るてぐらいに思いよった。
ね、そして今日、開かせて頂いて今日の十なんせつですか?の、が、あのー、どういう御教えでしたかね。
ん、氏子がね、真から用えるのは、神も、神のひれいじゃじゃがと、ね、寄進勧化をしては神は喜ばんぞ、という、ご神、ご理解でした。
それにちょうどその、今日、善導寺で聞いたばかりの話を、そこに当てはめるように頂きましたから、そのことがとばには、記してございます。
大体、佐賀教会の方だそうです。ね、そいで、縁につかるるが、あることで、離縁になられた、もうそん時にはほんに、体一つで、久留米に見えられた。
ね、、そして、もう二十何年前の話なんです。そして、久留米のあの、火の鳥という大きな、キャバレーのある前で、ささやかな玉突きを始められた。
それから信心を頂いておられますから、櫛原の教会で一心に信心を頂かれるようになった。
ところが若いときから、非常にこの人は、この血圧が高いから、医者がそれを非常に、用心せろ、用心せろと、こう言われた。ね、たまたま杉本先生が親教会に出ておられるときに、お取次ぎを願ったときに、ね、その婦人がお願いをなさいましたら、ね、あなたは毎日自分の健康であるということが、御用につながることのために、健康のことを第一に願いなさい。そのことをしっかり願いなさい、と言われて、それから、お日届けのもう一つの、届けに、自分の健康のことを、願われるようになった。
それから商売繁盛のことを願われる、これも御用につながることのために、商売繁盛をしっかり願いなさい、と言われたから、商売繁盛のお日届けをするようになった。
それから記念祭がございますと、ございますから、五年、五年の記念祭、その五年、五年の記念祭を、一つの信心の目当てにしてです、ね、五年間、毎日、それは相当の額なんですよ。
その額のお供えをされることを始められた。
段々そういうような信心が、皆に認められることになって、いわばよそ者である、その婦人の方を、そこの教会の総代というふうになった。
ね、少年少女会の御用なんかも、一生懸命なさる。
ね、そりゃもう、毎月、月参りは、もう、二十何年間続けておられる。
ね、そして御用といゃ、一生懸命、もちろん大祭というときには、もう前の日から。二日間だけは、お客さんに訳を言うて、お休みにされる。そして娘さんとお二人で、御用を頂かれる。
ね、記念祭たんびんに、お店が大きくなっていく。ね、最近では、鹿児島、大分、とにかく遠隔地からの、有名教会からですね、名指しで、そのお説教に、あ、えー、御大祭の後のお話に来てくれというて、その請われるようになられた。
だから、何を置いても、自分のおかげ頂いた体験を聞いていただくならばというておいでなられることになった。
私はそういうようなお話を聞かせて頂いております間はです、もうそんくらいなこつなら、だれでん出来よる人は、ずい分あると、こう思いうてて聞きよった。
ね、ところが最後に、親先生のお話の中から、聞かせて頂いたときに、私は、もう実に感動したんです。
ね、その婦人総代さんは、なんと七十四才になられるという話であった。
私共もよく知ってますから、ここにも参られたことがあります、大祭んときに、まあ、どんなにみても、六十才ぐらいにしか見えません。はあ、信心の生き生きした徳という、生き生きとした信心というものは、このようにまでもです、人間を若がらせ、信心していきたくば長生きをせよ、と仰るが、ね、いわゆる今日の御理解、氏子が真から用ちえるのならば、神のひれいじゃがと仰る、おかげば、頂かんならんけん、ね、もうお初穂は、ちょいと名刺代わりんごたあるふうではなくてです、氏子が真から、生き生きとして、自分の年を忘れるようにです、しかも自分は、大変な、医者は大体は、ばたばたしてはいけないことになっておる、若いときから、血圧が高いから、現在も計られたら高いです。
けれども、もうそういうことなんかは、もう無頓着になってしもうて、神様の御用につこうて頂く、そういうことを毎日、毎日、自分の健康のことを、願われる、商売繁盛のことを願われる、その商売繁盛が、教会の立ち行き、人の助かることにつながる、自分の健康が、そういう尊い御用につながる、ね、そのつながっておる印というのがです、私は、最後に親先生の言った、ね、あの方は、もう七十四才になられますよ、ということである。
もう、八十に、近い。あー、私は驚いた、同時に感動した。
はー、信心させて頂くならね、この様な信心をさしてもらわにゃいけん、何十年信心させて頂きよっても、どれだけ、例えば御用がでけておっても、そういう生き生きとしたおかげにつながっていないとするならばです、これは、おかしい。
ね、私そのお話聞かせて頂いて、はー、信心ちゃ、有り難いな、と思うた。
ね、だから、信心ちゃ、そういう意味合いにおいて、有り難いといいうのでなからにゃいかんのです。
参ったり、参らじゃったり、ね、自分の思うとんになかったら、やめたり、ね。
ただひとつのことを、覚えてです、それで、例えば神様を、ようをいわっしゃる訳でもなかろうけれども、その手、一つを覚えて、それでおかげを頂いていき、ていくというのは、あまりにも実意を欠いた信心であるということ。
なるほどそれは、たとえばですよ、ね、不平不足を言うちゃばからしか、ね、不足どん言いよったら、ほんとに損になる、そこんところをほんとに思い込んでおることを、行じただけでも、風船玉じゃなかばってん、ずーっと上がる、上がることだけは、ね、けれどもそれだけではです、ただ、私は、今日私が、皆さんに分かってもらいたい、ね、神願成就のおかげにはならない、ただ、それはね、年月を重ねて、ただ上に上がっていくだけであって、そして、一辺な、パッチと、はじかなければならない運命は、むしろ、かげながら神様は悲しんでおられることだろうと。
そうでしょうが、言うたっちゃわからんけん、しょんなかけん、ああして上がりよるけども、一辺な音を立ててぱっちと、それが崩れて落ちるときが、くるんだと。
いや、そんときんためには、私はやっぱり、これを握っておいてやらなければいけないなということを、思いますけど、ね。
それはまあ、人のこととしてです、自分たちの信心というものはです、ね、そういう例えば特別なものは私どもは、持ち合わせてないから、まあ、せいぜ、いうならば、変態ではない、正常であるから、やはり、叩かれれば痛いのだと、そして思うことは悲しいまでに思うことは、たったこの位なことが、こげん、腹ん立つ、、ここでは、ここで腹立てたら、損することは分かっておる。
ここで言うたら、もう神様がお喜びにならないことは分かってるんだけれど、知っているけれども、どうにもできないと言うことはです、自分が小さいからだということを。分からしていただいて、ね、そこんとこをを、いよいよ大きうならしていただくこと、私はだから、そういうことをですね、この十何日間、願わにゃ、いけんと。
願いこむということ、ね、しかも、五十日間という間、一生懸命な修業をさせて頂いて、私共の心は、ある意味において、清まることに、清まってきたんですもの。
その清まってきた、その心で願うことはです、どうぞ、私をより大きうならして下さい、より豊かにならしてください、ね、どのよなことでも、より、にこやかに、より明るく受けられる私にならしてください、という願い。
そういう願いを、祈り込めていくところの信心。願いこんでいけれる信心を、そういう信心が、願われて、そこから先、ね、神願成就、ね、ということを願わなければならない。神願成就ということは、氏子信心しておかげを受けてくれよと仰る、私共がね、この位なおかげよりも、このような、おかげを受けるということ、ね。
ほんというなら、この人は血圧の高い人ですから、もう早死にしなければ、ならないはずのがです、それが神様に願いこんでいかれるうちに、そのことはもう忘れるほどに、おかげを頂いて、例えば今日の例の、お話のように。、そのようなおかげを受けておられる、婦人の話のようにです、ね、商売繁盛も、神様のね、お喜びにつながるための繁盛であり、自分の健康もやっぱり、そういう御用を頂かしていただくことのための、おかげなのでる。
御用といゃね、ほんとに、その、ね、今日の用えるということね、用えるということは、今の金光教の現代語でいうと、御用ということ、それを教祖は、もちえると、用、御用、ようの用、もちえる、真を持ってもちえるのは、神のひれいじゃが、と仰る、その神様のひれいとしての、おかげをこちらにも頂かれるような、御用。
えー、もう二、三日、三,四日前でしたか、えー夜のご祈念を奉仕させていただく前に、二度目の、ここで、御結界の、で、お初穂の整理を私と、久富先生と、久富繁雄さんと手伝つどうてもろうて、さして頂いて、ご祈念に入った。
御祈念をおわってから、ここへつかしていただきましたら、こうやって這いながら、あの、久富さんがみえて、先生今、こうして座りながらも、目がどんどん回りよります、ちいう。
どうぞお願いしてください、ち。ああ、そんなら、あんた、じーっと、それから、御祈念済ませ、とにかく、あのひやっと、どっか私の部屋に、控に来てから、もう、それこそ抱えるようにして、あそこで休んでもらいました。一向に、その眩暈がよくなるもようじゃありません、ね、そこで、私はもう、ふなら、ここに今日は愛子さん、布団を取ってあげなさい、ここに休んでもらいなさい、そげん言うてからあの、私も、休ませてもろうた。朝三時半に出てまいりましたら、繁雄さん、おんなさいませんもん、ほーら、繁雄さん、どこさいかっしゃったじゃろうかち、いいよったら、なんのそのもう、朝早う、私があそこに出てくるから、ここに寝取ったちゃ、あいすまんと思うてから、その、まあ、遠慮深いもんじゃ、ごそごそほうちから、共励殿の方で休んじゃるわけ。
ところがあっちでは、蚊はおるし、暑くはあるし、やはり、もう、それにその、そういうような、悪いとじゃけん、余計悪うなって、とうとう朝の御祈念のまま、また、ここで寝込んでしまうというような結果になった。
そんならもう、ここじゃなんじゃろうから、裏の私の控を冷やしておいて、あそこで休んでもらいなさいち言うてから、私はうちの者に申しておりました。それから、私は昼間で御用させてもらいましたが、えー、ちょうどなかばに、あの、田主丸の小野先生が参ってきました。
夕べ小野先生、こげなこっちゃった、だいたいどういうようなこっちゃろうか、そしたら小野先生が申します、わー、とてもそりゃ、大事なことですよ、ち、
立ってから、くらくらと目の回るとなら、まあ、だれでんあるこっちゃけれども、座りながらとか、寝ながら目が回るちゅうのは、これは。大変なこと、これは血圧が高いならば、もうそのまましまえることがあります。ち、血圧が低くてもです、ね、け、これは血圧が、高かったり、低かったりしてめまいをするということは大変なことですから、大事にしてあげなさらないけませんよ、とにかく、冷やしよんなさるですか、足は高うあげちゃるですか、といいますから、冷やしよるばってん、足だけしとらんけん、またすぐ愛子に言うてから、足を高うして休んでもろうた。
お昼になりましたから、食事終わって、私、行きましたら、あー、まだ、あ、すやすやねむとりましてけど、私が入ったから、おどまれた。そして布団の上に起き上がって、
先生、私は、只今こういうような、お夢を頂いた、というて、お届けされるのです。
ずい分、前の晩、ひどかったらしいんですよね、ほんとにこのまましまえるんじゃなかろうかと思いなさったんでしょう、神様に一心にすがられた。
親先生がいつも、私は九十三まで繁雄さん生きるけん、あんた、九十五までは、生きてもらわにゃ、私は困るよ、というて、いうようなことを、ふっと思われた。
私は親先生、もう、とにかく終生、御用させて頂こうと、そういう御用が残っておる、もうこのままでもっても仕方がないけそも、それでは御用が出来ん、私にはそういう御用がありますからというような祈り、願いを持って、また眠りに入られた、そこから、お夢を頂いておられる。
ちょうどそれから、三日ばかり前に、奥さんのお母さんが、久留米の方におられます、そこのお母さんがも、八十いくつで亡くなられました。そのね、おばあちゃんが、ありありと久富さんの枕元に表れなさったげな。
してから、さあ、繁雄さん行こう、さあ行こう、ちいいなさるそうですもん、して、あんたそげんいうて、ほいから、あんまり言いなさるから、こうわきでん通ってから、そん、わきでんの方へやって来た。
ほいであすこに、下駄箱が沢山ありますから、行こうと思うてから、下駄のどの下駄箱でも開けるけれどもです、自分の靴が入っていない、こりゃ、おばあちゃん、行こうと思うたばってんから、靴がなかばの、ち。というところで目が覚めた。
私はその話を聞かせて頂きよっててから、ぞーっとしました、ほんと、繁雄さん、靴がなかったこということが、おかげじゃったばい、あんた、靴どんがあっとんなら、もうばばしゃんと一緒に、そのままつんのうち、いかなんとじゃったかもしれなかった、御用ということは有り難いことだな、というて、二人で、話した事でございました。
ね、これはあの上滝さんの場合も、そういう例がございましたですよね、
亡くなられました、上滝さん、ね、ですからその、真から、もちえる、もの、それは、例えば真から、もちえるる御用、ね、それには私共が力を受けなければならない、財のおかげを受けなければならない、健康のおかげも受けなければならない、ね、そのおかげがです、ね、そういうおかげを頂くということが、神の願いでなくて、そういうおかげを頂いて、ね、真から用ちえられるところの、私は氏子にお取立てをいただくということが、神の願いである。
ね、そういう願いを、私共立てさせて頂くためにです、為には私はどうでもです、ね、様々な財の上にも、健康の上にも、いろんなおかげを受けなければなりません。
ね、大地を削る?おかげにしていくためには、心が小さかったんでは、どんなに美しかったちゃ、・このだい???
ね、そこで、どうぞ神様、大きゆうならしてください、太らさせてくださいと言う、願い込みをです、御大祭までにしっかり、その願いこみを、銘々の信心によって頂かしてもろうて、そして八月二十日の御大祭にです、ね、いよいよ、あー、夏の最後の熱闘とでも、申しましょうか、ね、熱闘を捧げさせてもらえれる、御大祭に合わせて頂きたいというふうに、願うておるのでございます。
ね、神の願いということ、ね、ただ自分がおかげ頂くということ、風船玉の上どん、どんどん上がって行く、ということだけのおかげというものではない、それはどこまでも、今日のとばに書いてあります、久留米の総代さんのようにです、七十四にもなったっちゃん、まだ、見た目には六十にしか見えんぐらいのおかげをまず頂かなければいけません。
ね、そうしてです、ね、御用というならば、どげんところんでんです、それこそもう、身軽々と、ね、心も喜々としてです、その御用にたち向こうて行けれるほどしの、おかげをね、頂かしてもらう、おかげをね、一つ願わなければならない。
そういう、おかげを、私は、神様は願うておられる。神の願いといゃ、神様だけが喜ぶと言うのでじゃなくてです、私共が本当のおかげを頂くということが、神の願いなのでございますから、ね、そこんためには、私が今日申しました、合楽の方達は、ここんところまでは、姿勢を一つ作っておあかにゃいかん。
例えば喜代司さんが頂いておられるところ、ね、腹かきゃ、損するということ、喜びで受けなきゃならんということ、それだけはひとつ、分かりこんどかなきゃいけない。
不平不足を言うちゃばからしか、ね、ところがたった、この位なことに、不平が出る、不足がでる。
ね、そこんところを私が小まいからだと悟らして頂いて、いよいよ大きゆうなっていく修行をです、さしていただかなければならんと思うのでございます。どうぞ
大坪かよこ